モーリシャスとシンガポールの時差は4時間(日本と比べてモーリシャスは5時間、シンガポールは1時間遅れ)だ。ということで、モーリシャス時間で午前4時半前で飛行機はこんな所を飛んでいる。ようやくスマトラ島を越えればシンガポールである。朝食が出てきたのが、モーリシャス時間の午前4時半、シンガポール時間で午前8時半である。さすがに、体がモーリシャス時間の上、飛行機でもそうそう眠られないので、やはり眠い。目的地のシンガポールまでは後22キロと表示されている。外を見ると島が見えるが、何島なのかはよくわからない。ビンタン島もこのあたりにあるのだろうか?飛行機はシンガポール時間で9時40分ごろに着陸。さすがにシンガポールだけあって、SQが多い(当たり前だが)。飛行機が止まると、アナウンスで手荷物を持って出るようにということを言われた。実は、この時すでに、記念品としてエア・モーリシャスのロゴ入りフォークを1本いただいてしまっていたのだ(よい子はまねしてはいけません)。んん、手荷物を持って出るとは予想外の展開だったが、実はシンガポール-クアラルンプール間はビジネスクラスではなくファーストクラスに座るように言われていたのだ。この時、我々と同じように言われたおばさんは手荷物を飛行機に置いていっていたのだが、席も移るし多少なりとも貴重品っぽいものもあったので仕方なく持って飛行機を出ることにした。
出るのは簡単である。が、出てみてわかったのだが、出ると一般のセキュリティーチェックを受けていない人たちと同じになるので、搭乗口に行くには再度X線の手荷物検査を通る必要があったのだ。さすがに、WTCのテロから1年も経過していないこともあり、セキュリティーは厳しい。ああ、フォークがやばいかも知れない・・・・。しかも、ここは何かと厳しい国、シンガポールだ。なんとか見つからないようにと、荷物の端にフォークを縦にして(縦に入れれば、何かわからないだろうという考え)審判の時を待つことにした。並んで、見つかりませんように・・・と祈りながら私の番が来た。やばい、検査官が何かを発見したようだ。手荷物を開けるように言われた。おしまいだ〜、ああ〜、フォークを発見されてしまった。まあ、自分の買ったフォークだったらまだしも、航空会社からくすねた(くすねようとした)フォークだ(スプーンだったら問題がなかったかも?)。検査官がなにやら話している。初めは、エア・モーリシャスのフォークと彼らも気づかなかったようだが、眺めているときに発見して、モーリシャス航空の係員に話をして、「これは貴方のものではないので、取り上げます」と言われたが、それだけで済んだ。助かった〜。やはり、知らない国で捕まると不安だと思ったが、そこまで行かないにしても、何もなくて良かった。
興奮もさめやらぬまま飛行機の搭乗を並んで待つ。ちょっと周りにも見られたので恥ずかしかったが・・。これがモーリシャス航空のエアバスだ。南の国なのだからもう少しリゾートっぽくすればよいのに。10時半ごろに特に問題なく、搭乗させてくれた。ホッ。さすがにファーストクラスとなればモーリシャス航空でも広い。まあ、機材が古いのでどうしても全くのフルフラットではない(定義にもよると思うが)が、シートピッチが185cmもあれば、足も楽チンだ。乗ってみると広いが、これだけ広いのも狭いシートピッチに慣れていると逆に落ち着かない。先ほどの手荷物を置いていったおばさんはビジネスクラスに戻って手荷物を持って来た。くそー、やはり、そうすればこんな苦労がなかったんだ。おもしろかったのは、何故か家族3人の親子(夫婦+娘)で来ていた人たちは、親父以外がファーストへアップグレードされていた。満席という印象でもなかったが、なんでそんなことするんだろう。かわいそうに。いよいよ離陸だ。シンガポールよ、さようなら。しかし、なんでファーストになったかと考えてみると、多分、この飛行機はシンガポール-クアラルンプール-モーリシャス-シンガポール・-・・と飛んでいるのだが、シンガポールからモーリシャスへ行く人のほうが多いのだろう。(これは私の想像だが)その際に、ビジネスで全ルートを売ってしまった場合、いきなり、ファーストにアップグレードして、クアラルンプールからビジネスへダウン・グレードするのも席が替わってしまうし、変なのかもしれない。まあ、とにかく生まれて初めてのファースト・クラスとなった。11時10分ごろになってようやく離陸。窓の下にはシンガポールの街?が見える。ドンドンと島を離れる。さようなら〜と思っているとUターンをして、シンガポールの上空を越えていった。モーリシャス航空のファースト・クラスのトイレはどんなものかいな?と思って入ってみたが、大したものは何もなかった。そんなこんなで時は過ぎ、飛行機はドンドン高度を落としていく。下には何かの畑だろうか?フライトは1時間もかからずあっけなく終了。特にドリングが出るわけでもなく終わってしまった。どーでもいいが、空港に飾ってあったKLIAエクスプレスの模型。RM35とか書いてあるが、そこまで遠いと結局タクシー代がかかる。さて、ターンテーブルのところへ向かいスーツケースを待つ。いきなり、1番で登場だ。なぜか、嬉しい。モーリシャスで大量に購入した紅茶もすぐ来た。スーツケースをピックアップしてから、入国審査だ。イミグレではイスラムの国らしい衣装を付けた女性が担当だった。セイシェルのスタンプを見て、変わっていると喜んでいた。初めにクアラルンプールへ来たときには電車に乗ったが、荷物が多く(といっても、1箱だが)なったので、空港タクシーを利用することにした。両替したリンギットでチケットを購入し、それを車のあるところにいる係員に渡して乗る。乗ってみるとちょっとビックリ。一応、ちょっと古いメルセデスなのだが、走り始めてもスピードメーターが動いていない。日本では車検に通らないだろうが、この国はあんまり整備にはうるさくないのかな?マレーシア航空に乗ってくれてありがとう、という看板を通り抜け、ズンズン車は走る。12時半くらいに車に乗り、45分もしないほどでペトロナス・タワーが見えてきた。これが見えると、クアラルンプールに来たという気がする。しかし、クアラルンプールでも結構クレーンが上がっている。景気は良いのだろうか?それともみんな動いていないのか?
ホテルへは1時半ごろに到着。1時間ほどで着いた。どーでもいいけど、このオメガの壁掛け時計が今のコンステレーションと同じデザインだったが、変な感じ。一応、プリファード・ゲストのゴールド会員だったので、椅子に座りながらのチェックインとなった。この時、モーリシャス航空の飛行機の中で見たおばさんをホテルで発見。奇遇というか。クラブフロアに今回も宿泊したのだが、部屋でくつろいでから、おやつの時間でラウンジへ向かった。ジュースやお菓子をいただく。もちろん、紅茶などもちゃんと置いてあった。ラウンジからはKLタワーもよく見える。アジアではよく見る光景だが、高層ビルの間に結構古そうな低層の家が建っていたりする。このホテルが5星であることを示す証書?も飾ってあった。ラウンジには当然、コンシェルジェ(コンシェルジュ?)もいるので、彼らにいかにも(TYPICAL)マレーシアっぽいものは何処に売っているか聞いてみたところ、何カ所か地図で教えてくれた。結局、地下鉄に乗ってマーケットへ行ってみることにした。
ホテルから出ると、その前の通りをモノレールが走っている。ちょっと茶色っぽいのがルネッサンス・ホテルだ。ちょっと歩いて、地下鉄の入口を発見。日本ではみないような大げさな入り口である。左手に見えるグリーンのカーテンウォールの先に見える工事中のビルがグランド・ハイアット・クアラルンプール(Grand
Hyatt Duta, Kuala Lumpur)である。243mの60階建のこのホテルは完成すればクアラルンプールで一番高層のホテルとなるらしいが、金融危機で建設が止まり、未だに完成していないようだ。さて、ここでエスカレータがあったのだが、そこにはサインでちゃんと左側に立て(写真はぶれています)と書いてあった。マハティールが東京をまねたのだろうか?自販機はこんな感じで日本のそれと比べるとちょっとデカイ。チケットは磁気式?のもので、再利用するようになっているため、記念品にはならない。改札機もやけにカクカクして機械的。ホームに降りると、南北線とかのようにちゃんとホームと線路の間に壁?が出来ていた。何駅か過ぎて、目的地の駅に到着。しばらく歩くとセントラル・マーケットがあった。こういうところはゴチャゴチャしていて、結構楽しい。これはなんの果物なのだろうか?建物の中はこんな感じでそれなりに人はいた。ここがクアラルンプールで一番安いかどうかは知らないが、少なくとも日本へ輸入してきているような雑貨物は随分と値段が安く感じた。買い物はそこそこで済ませて、またホテルへ戻った。駅からホテルまでそこそこあったのだが、出口によっては大して遠くもなかった。ちなみに、この茶色い建物がシェラトン・インペリアルだ。
ホテルに戻ってから再びラウンジへ向かう。実は、この日は妻の誕生日だったので、コンシェルジェと相談して、イタリア料理の予約を入れたのだ。当初は外にでも行こうかとも考えたのだが、ホテルも悪くないし、ゆっくりできるので、今回はホテルとした。なんでも、ロンリー・プラネットによると(グルメが読むとは思えないが)、クアラルンプールでは評判(記憶があいまいだが、多分)のイタリア・レストラン(Villa
Danieli)だった。もちろん、妻の誕生日であることはホテル予約時から伝えてあるのだが、再度念押しをしておく(だから、どうしろということまでは言わないが、多少のサービスはしてくれるのが経験からして一般的だ)。さて、部屋から下を見ると、プールで水泳をしている人が見えた。部屋にはミネラル・ウォーターとチョコレートが置いてあったのだが、モーリシャスへ行く前に泊まったときも同じクラブ・フロアのはずなのだが、眺めは悪いうえに、こうしたものは無かった(なぜかアメニティーも違っていた)。不思議だ。レストランは6階?とかにあった。一度、屋上?とういうか外を通ってレストランへ行くことになる。結構吹き抜けとかあって、デカイ印象を受ける。ちなみにこのホテルの内装はHirsch
Bedner。
レストランに入ると、席に通される。7時からの予約だったのだが、まだ、あまりお客さんは入っていなかった。メニューはこんな感じでパスタはRM40前後、他にはスープなどはRM30いかないていど、ピザもRM40いかない程度のようだった。結局、アラカルトで頼んでもよくわからないので、コースというかセットみたいなのがオススメとなっていたので、それを頼むことにした。それはアルコールもワインなど3種類くらいが含まれているものだったので、これまたお酒がわからない我々にとっては丁度良さそうだった。まず、出てきたのがこのあげたようなもの。これが結構おいしかった。これが前菜の肉(当たり前だが)、ついでニョッキ(パスタ)となった(確か)。で、これが魚。どーでもよいのだが、ここでまた、飛行機で見かけたおばさんと会ってしまった。同じホテルの同じレストランで食事をするとは奇遇だ。で、誕生日ということで、ホテルからケーキをいただいた。ちゃんとしたホテルやレストランはちゃんと気配りしてくれるものである。最後にカクテルをいただいて終了。9時頃だった。本当はモーリシャスかセイシェルで誕生日でもと思ったのだが、フライトの関係でクアラルンプールとなった訳だが、とにかくハネムーンの最後をかざるイベントとなった。再び如何にもアジアっぽい吹き抜けを通り、部屋へ戻った。部屋からはこんな感じでの夜景を楽しめた(行きのときは、ペトロナス・タワーが見えない部屋だった)。
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Last updated July 25, 2003
Eiji Nakaoka 2002-03
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モーリシャス・セイシェル
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| 旅行準備(ホテル予約、エア予約) | (2月初旬〜) |
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せっかくの旅行なので気張って?
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| タンザニアを断念 | (2月下旬) |
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いろいろ検討して結局モーリシャス・セイシェルに
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| 覚悟を決めて、エィ! | (3月初旬〜) |
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いよいよホテル・エアー予約
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| 成田出発・KL到着 | (7月9日) |
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マレーシア航空で一路クアラルンプールへ
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| KL出発・モーリシャス到着 | (7月10日) |
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タクシーで島の東側にあるザ・レジデンスへ
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| ザ・レジデンスで一日のんびり | (7月11日) |
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冬のモーリシャスは水が冷たいので・・
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| モーリシャス発・セイシェル到着 | (7月12日) |
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バンヤンツリーの眺めに感動
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| バンヤンツリーでのんびりと | (7月13日) |
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海辺へ行ったり、プールなどで泳いだり
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| バンヤンツリーでのんびりと2 | (7月14日) |
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夕方に車で隣のプランテーション(ホテル)へ
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| ツアーに参加しマヘ島観光 | (7月15日) |
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あまりにも寂しすぎる首都ヴィクトリア
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| ツアーでプララン島、ラディーグ島へ | (7月16日) |
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1時間の船旅に奥さんは・・・
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| 再びモーリシャスへ | (7月17日) |
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今度は北西にあるラディソンへ
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| レンタカーでドライブ | (7月18日) |
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アルト(AT)でモーリシャス北部を走る
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| レンタカーで首都に行ったり | (7月19日) |
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アルトで島中部まで走ってみた
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| オベロイへ移動 | (7月20日) |
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期待したオベロイに感心
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| オベロイでのんびりと | (7月21日) |
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海辺でゆっくりしたりしてました
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| オベロイでスパと海辺ディナー | (7月22日) |
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ハネムーン特典で両方ともコンプリメンタリー
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| オベロイのケビンと半日観光 | (7月23日) |
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ホテルで知り合ったケビン君の案内で観光へ
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| 再びクアラルンプールへ | (7月24日) |
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なんちゃって市内観光へ
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| クアラルンプールから成田へ | (7月25日) |
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シンガポールのチャンギ空港で凶器発見?
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