7月17日

  セイシェル最後の日となった。朝は早い。昨晩のうちに荷物はまとめてあったので、準備は大したことでもない。予定通りにカートで迎えに来てくれた。車寄せにはすでにタクシーが到着していた。珍しい。荷物をタクシーに詰め込み、それからチェックアウトをする。チェックアウトにレセプションへ行くと、東洋人らしき2人ずれが先にいた。見ていると、デカイ箱をプレゼントされていた。多分、ハネムーン・パッケージのギフトだろうと思うが、定かではないが、朝食でも見かけなかったので多分そうなのだろう。で、自分の番になったのだが、予定通りとはいえ、なかなかいい値段だ。税金・サービスチャージ込みでUS$3,590.27なり(朝食2回、イン・ヴィラ・ダイニング2回を含む)。実際の請求は一泊がUS$750で、これにサービスチャージが10%のUS$75、さらに税金が2%(現在は7%になっている)でUS$15、ほかにGreen Imperative FundというのがUS$1となっていた。これが4泊分チャージされ、1泊が無料という表記だった。まあ、今のハイ・シーズンのラック(US$1,700)からすれば、2泊としかできないことを考えれば安かったような気もするが(バンヤン・ツリーのBanyan Tree Explorer Ratesでも来年オフシーズンでUS$1,160)。我々もお土産?に写真立てをもらった。中には到着したときのデジカメ写真をプリントしたものが入れてあったのだが、なんでもプリンタの調子が悪いということで、白い線が入っていたのはご愛敬。この時、なぜ到着時に写真を撮っているのかがようやくわかった。ちなみに、この写真であるが、逆光になっているので、お世辞にも上手な写真とは言えないものであった。
  6時45分ごろに
タクシーに乗り、一路空港へ向かう。このタクシーの運転手がおもしろい人で、空港までの会話が結構楽しかった。走っていると、友人から携帯電話があり、これから釣りに行くという誘いだったので、空港に行ってから出かけるということだった。我々はモーリシャスに戻ると言う話をしたところ、「モーリシャスは大きな島でセイシェルは小さな島。あっちは人も沢山いる。こっちは海岸にいても誰も来ないけど、モーリシャスは土産売りがやってくる」などと言っていた(まさにその通りだった)。また、彼はトヨタの車を運転していたのだが、「車はトヨタが良い。日産は最近は良くなってきたが、昔は(海が近いため)塩ですぐにさびてダメだ。」と言っていた。本当かどうかは別として、こんなところでもトヨタ神話?があるのかもしれない。この国のバスはタタ(TATA)なのだが、それについては、「インドのタタと言っても、エンジンはメルセデスなので全然良い」というような発言も。私が見る限り、あまり良いバスには見えなかったのだが。この運転手は親戚がオーストラリアに移民で行っているようで、しばらくしてから数ヶ月はそちらで暮らすそうだ。優雅なのか良くわからないが休暇が長そうでうらやましい。海岸の朝日がまぶしいな〜などと思いながら走っていると、しばらくして空港に着いた。行きのタクシーと違って運転手の人がおもしろい人で帰りは短く感じた。空港のチェックイン・カウンターはこんな感じになっている。今回は全行程ビジネス・クラスと頑張ったのだが、こうした国のラウンジを比較するのもおもしろみの一つかと思ってもいた。こんな小さな国にラウンジがあるのか心配していたのだが、ちゃんとラウンジへの招待状をくれた。で、こちらが搭乗券。ペラペラではあるが、ちゃんとミシン目が入っている。もちろん、機械を通すようなものではないのは言うまでもない。搭乗時間が8時25分。おもしろいのがゲートがUNKN(unkown)となっていること。この飛行場には特にゲートというのがないので、書きようがないのでしょう。手荷物のチェックを受けて、出国する。ラウンジは免税店の前にある扉と言われたのだが、よくわからない。招待状にも確かにCIP LOUNGEと書いてあるので、この扉なのであろう。しかし、開いていないのである。ちなみに、待合所?はこんな感じである(右手に見えるのが免税店)。また、そこから視線を横にするとこんな感じ。免税店はやっていたので、ラウンジは何時からかと聞いたところ、8時からという。結局、30分ほど免税店でぶらぶらすることになった。免税店と言っても、全然大きくない。また、ここは全て米ドルでの支払いとなる(と思った)。ちょっとだけ、土産を購入。中には何故か?日本語で説明の書いてある「水晶蘭 ホーキッド」というのがあった。88年度発明競技会銀賞と書いてあるが、ネットで探してもそれらしいものは見あたらなかった。そうこうしている間に、8時をすぎた。謎の扉を開けると、ビックリ。なんと小さなラウンジであること。座席も10席くらいしかない。とりあえず係の人はいないようなので座る。しばらくすると登場。飲み物やスナックなどを聞いてくる。飲み物は水を頼み(この水のペットボトルがペットボトル一杯に入っていた)、スナックもどんなものが出てくるのか頼んでみた。すると、ポテトチップスなのだが、単に芋を切って揚げたものではないポテトチップス(一度、砕いたもの?)だった。商品名は「SPUDZ Salt 'n' Vinegar」とある。裏を見るとちゃんと製造元が書いてある。んん、SEYCHELLES MARKETING BOARDとは、公の機関でビックリ。http://www.seychelles.net/smb/a1.htmを見てみると、いろいろなものを作っていることがわかる。アニュアル・レポートもだしているようなので、興味があれば見てみるのもおもしろいかもしれない。まだ、社会主義的なところが多く残っているということでもあるのだろう。時間ということで外に出ると、すでに沢山の人が並んでいる。ちなみに、免税店はこんな感じだった。化粧品みたいなものから、衣料品、民芸品?など幅広く売っていた。搭乗券を出口でパスポートと一緒に差し出し、半券をもらう。外からみるとこんな感じでみんなが出てくる(そこが出口)。飛行機は結構綺麗な感じ。階段を上がっていくと、飛行機の後ろには海が見える。席に座り、外を見ると、こんな感じ。8時40分過ぎにゲート?から離れる。しかし、なんとも寂しい空港である。飛行機は空港の端っこまで来てUターンをし、そこから離陸となる。メニューを配ってもらったが、今回は数が足りないということで2人に1つだけだった。そのメニューがこれ。PEARL CLASSとはセイシェル航空のビジネスクラスの呼称である。何か能書きが書いてある。一方、肝心の中身はこちらである。冷えたジュースに、フルーツ、オムレツなどとなっている。10分も飛ぶとすでに海だらけである。9時半ごろになり食事が出てきた。それなりにおいしそう。前にも書いたが、この陶器が結構、個人的にはくどくなくていい感じと思います。どうでもいいことですが、搭乗券の裏側が広告になっていた。これはパイレーツ・アームズ(THE PIRATES ARMS)というガイドブック(ロンリー・プラネット含む)に載っているような店。前にも書いたように、基本的にセイシェル-モーリシャス間はコードシェアになっているようで、我々のチケットはエア・モーリシャスとなっている。これは10時半頃の外の景色である。それから30分ほどで小さな島が見えてきた。と思ったら、すぐにモーリシャスの上空となり、沢山の家があることがわかる。そのまま進むとトウキビ畑であろうか?飛行機は徐々に高度を落としながら飛んでいく。遠くに前に見たような尖った山々が見えている。予定よりやや早い午前11時10分ごろに到着。セイシェルとは時差がないので楽チンだ。やはり、セイシェルと比較すると立派な空港に見えてくる。無事にイミグレを通過し、スーツケースが出てくるのを待つ。それを取ってから税関を通っていく。外に出る前に旅行会社やレンタカー会社の窓口が沢山ならんでいる。モーリシャスではレンタカーで爆走しようと思っているので、レンタカー会社で話をしてみることにする。と、セイシェルのバンヤン・ツリーにいた謎のアジア人が出てきた。同じフライトだったようだ。最も彼らはビジネスにはいなかったので、エコノミーでの到着なのだろう(ビジネスに乗りたい場合は、早めに取らないと取れないかも)。で、大手レンタカーチェーンはほぼあったのだが、その中から私が選んだのはハーツだ。ハーツといえば、フォード系、フォードといえばブリヂストンとのリコール合戦で正直好きではないのだが、とりあえず、HERTZ #1 CLUB GOLD会員であることに加え、調べた限りでは唯一モーリシャスでオートマチックが用意されている会社だったので、他にオプションはなかったのだ。で、話を聞いてみると、とりあえずは車はありそうだった。スズキのアルトである。今日から乗ってもいいのだが、今日はホテルに行くだけな上、道もよくわからないので、明日から借りることにした。車はホテルまで持ってきてもらうことにする。営業所はビクトリア・ホテルにあるということで、そこから明日持ってくるということになった。ラディソンで3泊してからオベロイへ移動するので、タクシーを呼ぶのも面倒なので、とりあえずはオベロイで車を返す(取りに来てもらう)こととした。簡単なモーリシャスの地図ももらった。申し込みをしてから、タクシーでホテルへ向かう。タクシー乗り場までハーツの従業員が付いてきてくれた。始めに行ったレジデンスは島の東側に位置していたのだが、今回のホテルは島の北の方で、首都であるポートルイスを越えていくことになる。12時過ぎに空港を出発した。空港近くにはヒルトン・ホテルの看板が結構あった。タクシーの運転手もいろいろと説明しながら走ってくれて親切だった。レジデンスへ行くときもそうだったが、親切な運転手が多いのだろうか?しかし、レジデンスに行ったときは本当に田舎で何もない国かと思ったのだが、そうではなかった。ポートルイスへ向かう道は確かに走りはじめはトウキビ畑しか見あたらないが、それでも、道はちゃんと整備されている。次第に建物なども増えてきて、セイシェルとの違いが大きいことにやっと気づいた。途中、トイザらスがあったりして、改めてこうしたチェーンの勢力には感心させられた(調べたところ、Toys R Us は2000年11月にモーリシャス1号店を開業している)。ビールの街であるフェニックスなどを通り過ぎ、ポートルイスへ近づいていく。デカイ建物が沢山並んでいたのだが、聞いてみるとモーリシャス大学だった。さて、首都の前になってくると渋滞になてしまった。ここの国も英国の影響なのだろうか?ラウンド・アバウトがそれなりにあったりする。ちなみに、この写真に写っているバスがUBS(United Bus Service)という会社で赤いバス、緑色がNTC(National Transport Corporation)のバスである。ちなみに、バスはモーリシャスでは唯一の公共交通手段だそうで。街の看板にはインターネットのプロバイダらしき看板(http://www.mykwep.com)もあり、こうした国でもすでにインターネットが普及していると想像させる。遠くに首都ポートルイスの建物が見えてきた。いや〜、想像していたより全然都会だ。ポートルイスの最新スポット?であるコーダン・ウォーターフロント(Caudan Waterfront)の前を12時50分頃に通り過ぎた。ここはモーリシャスの大規模ウォーターフロント開発であり、ホテルやリテールなどのビル?が建っている。しばらく走るとまた風景が田舎っぽくなった。再びサトウキビ畑を走っていると、遠くに大きなホテルらしきものが見えてきた。この地域(BAIE AUX TORTUES)にはマリティム・モーリシャス(Maritim Mauritius)やラ・プランテーション・モーリシャス(La Plantation Mauritius)、ヴィクトリア・モーリシャス(Le Victoria, Mauritius )、オベロイ(The Oberoi Mauritius)、そしてラディソン・プラザ・ビーチ・リゾート(Raddison Plaza Beach Resort-Mauritius)のホテルがあるため、看板も多い。タクシーの運転手はさすがに迷わず到着。午後1時10分ごろだったので、空港からは40分ほどで到着といったところか?遠くから見るとパッとしないただデカイだけのホテルかと思ったが、そのロビーの大きさにはちょっとビックリ。レジデンスもそうだったが、ロビーは屋根はあるものの、思いっきりオープンになっているのだ。冬(日本の夏だから今が冬だが)でも、これだけ暖かければこうした建築物でも問題がないのだろう。エントランスの両サイドにはなにやら白い置物が。車を降りると、すぐにお兄ちゃんがやってきて、荷物をピックアップしてくれた。チェックインはコンシェルジェのお姉さん(インド系美人だった)のところに座ってゆっくりとスムーズに出来た。レセプションの向かいにあるバーからウェルカム・ドリンクも持ってきてくれた。さすがにスーツケースが2つもあるので、お兄ちゃんにそのまま荷物を運んでもらうことにした。部屋はメインの建物から一番近い棟だった。これなら食事も楽だと思ったのだが。部屋の作りはただの四角いどこにでもあるホテルだ。レジデンスのほうが(広さは大した差がないと思うが)全然雰囲気も良かった。机もすごく平凡である。置いてあるだけという印象。ベッドもカバーが南国っぽいが至って普通。ただ、外を見れば部屋からは海が見えるのが、如何にも南国っぽい気がする。外ではテレビ何かの撮影をやっているようだった。バスルームを見ると、一応、大きなバスタブがあり、それとは別にシャワーブースも付いている。ちなみに、アメニティはシャンプーとリンス、石鹸だけだった。一通り説明を受け、部屋でゆっくりしようと思ったのだが、どうも同じ棟の3階で工事をしているらしく、その音が伝わってきてうるさいのである。おまけに、テレビも壁よりも手前に出されているわ、冷蔵庫は電気が入っていないわ、安いレートとは言え、少々頭に来た。そこで、早速うるさいので他の部屋に変えるように電話をした。電話をしても返事がなかなか来ないので、結局レセプションまで歩いていって、新しい部屋の鍵をもらった。再びさっき荷物を運んだお兄ちゃんに登場してもらう。ホテルの通路から内陸側を見るとこんな感じだ。今度は269号室と随分、遠い部屋になった。申し訳ないということでアップグレードでもしてくれるかとちょっとだけ期待したのだが、全く同じ部屋だった。ただし、こちらの冷蔵庫にはちゃんとミネラル・ウォーターが入っていた。そうそう、最初の部屋に入ったときに、金曜日の支配人(GM)主宰のカクテル・パーティーがイタリアン・レストランで行うという招待状が置いてあった。個人で来た日本人ということで入れたのだろうか? 部屋でスーツケースをアンパックし、ホテルの散策に出かける。島の東側にあったレジデンスとは海の感じも随分違う印象を受ける(あのときは天気も悪かったし)。プールもあるのだが、ほとんど人がいない(エントランス・ロビーのデカイ屋根が写真でわかると思います)。ホテルの前がすぐに海岸となっている。海岸へ出ても結構寂しい。砂浜も貝や小さな石はそれなりに落ちている。レジデンスでは熊野手みたいなものでそうしたものを集めていたが、そこまではしていないようだ。海岸からホテルを見てみるとこんな感じ。海岸にもレストランが一つある。我々はメインの棟から北側だったが、その南側にも同じように客室棟があるビーチの南のほうはこんな感じ。ちなみに、このホテルの南側にヴィクトリア・ホテルがある。ロビーに置いてある花ももちろん、本物だ。南国ムードがいい。メイン・レストランであるBrasserieに行ってみると、夕食はドレス・コードがあるようでCASUAL SMART Shorts are not allowed for Dinnerなどと書いてある。その隣にあった夕食のメニューはこちら。このレストランはビュッフェ・スタイルである。このホテルは結構大きいので、ショップも何軒か入っている。期待していたのだが、思ったよりも小さかった。まずは、ポロ ラルフ・ローレンのファクトリー・アウトレット・ショップ。どうも、値段が安いので、これが本物かどうか疑いたくなるのだが、そもそも米系のホテルに偽物のショップを入れると言うことは考えにくい。ほかにも小さな宝石店、インドの絨毯屋、雑貨店みたいなのがあった。これだけだった。やることもなくなったので、一度部屋に戻ることにする。ちなみに、こちらの奥に見えるのが、レセプションである。部屋からはモーリシャスの夕陽を見ることが出来た。残念ながら雲が多く、雰囲気は今一つだったものの、沈む直前になって太陽が顔を出し、まぶしく輝きながら、しばらくして沈んでいった。食事は8時からだったので、8時になるころにレストランへ向かった。テーブルにロウソクをして、それなりに雰囲気を出していた。ディナーとしてのビュッフェは種類が豊富でそれなりに楽しめた。日本人のテイストに興味があるのか、ヌードルを作っていたシェフ?に味はどうかと聞かれてしまった。少なくとも私には味が薄かった。料金は飲み物別でRs.xxxと高くはなかった(忘れた)。それから部屋に戻り、寝た。

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Last updated Nov. 6, 2002
Eiji Nakaoka 2002

 

モーリシャス・セイシェル
旅行準備(ホテル予約、エア予約) (2月初旬〜)
せっかくの旅行なので気張って?
タンザニアを断念 (2月下旬)
いろいろ検討して結局モーリシャス・セイシェルに
覚悟を決めて、エィ! (3月初旬〜)
いよいよホテル・エアー予約
成田出発・KL到着 (7月9日)
マレーシア航空で一路クアラルンプールへ
KL出発・モーリシャス到着 (7月10日)
タクシーで島の東側にあるザ・レジデンスへ
ザ・レジデンスで一日のんびり (7月11日)
冬のモーリシャスは水が冷たいので・・
モーリシャス発・セイシェル到着 (7月12日)
バンヤンツリーの眺めに感動
バンヤンツリーでのんびりと (7月13日)
海辺へ行ったり、プールなどで泳いだり
バンヤンツリーでのんびりと2 (7月14日)
夕方に車で隣のプランテーション(ホテル)へ
ツアーに参加しマヘ島観光 (7月15日)
あまりにも寂しすぎる首都ヴィクトリア
ツアーでプララン島、ラディーグ島へ (7月16日)
1時間の船旅に奥さんは・・・
再びモーリシャスへ (7月17日)
今度は北西にあるラディソンへ
レンタカーでドライブ (7月18日)
アルト(AT)でモーリシャス北部を走る
レンタカーで首都に行ったり (7月19日)
アルトで島中部まで走ってみた
オベロイへ移動 (7月20日)
期待したオベロイに感心
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オベロイでスパと海辺ディナー (7月22日)
ハネムーン特典で両方ともコンプリメンタリー
オベロイのケビンと半日観光 (7月23日)
ホテルで知り合ったケビン君の案内で観光へ
再びクアラルンプールへ (7月24日)
なんちゃって市内観光へ
クアラルンプールから成田へ (7月25日)
シンガポールのチャンギ空港で凶器発見?

 

モーリシャス・セイシェル旅行記