8月18日(金) アリアウ・アマゾン・ロッジの2日目  

 朝食は朝の7時からだ。同じ食堂での朝・昼・晩のビュッフェで違いがあまりない。強いて言えば朝食の場合はパンの種類が多い程度で、このパンの種類が多いというのはベスト・ウェスタンでも同じだった。朝食のときに、再びグループで食事となるのだが、昨晩のアリゲーターには寝坊して遅れて他のグループにジョインしたと話をしたら、なんでもこのグループでは、ドライバーが河に飛び込みアリゲーターを捕まえたとかで、なんだか楽しそうだった。あ〜あ、がっかり。ドイツ人夫婦はこの昼で、マナウスのトロピカル・ホテルに戻ると話をしていたが、なぜか朝の便に荷物を載せようとしているポーター?がいて、その夫婦も慌てていた。この辺りはいい加減だ。今朝もボートで出かける。本当の原住民のところにでもいくのかと期待していると、今度は流域の集落を訪ねた。どうもその村でガイドが生まれたらしい。学校や喫茶店みたいなものから土産屋まであった。しかし、子供たちはアマゾン河で泳いだりしているのだが、大丈夫なのか見ているほうが心配だ。ここの大人たちは木製のボートを作ったりして稼いでいるようだ。おもしろいことに、こんなところにもテレビが家の中にあったりしたが、電波はちゃんと届くのだろうか不思議だった。ここでまた1時間ほど過ごして午前中は終わり。  昼食を食べてからは、また3時半までは休憩だ。シャワーを浴びてスッキリして寝る。さすがに今度も寝過ごすと恥ずかしいので、時計のアラームをちゃんとセットする。しかし、なぜかドアをたたく音で2回も目がさめる。1度は荷物を出さなくて良いのか?というもの。おいおい、どこの部屋がいつチェックアウトするかくらい調べれば、荷物を出す必要があるのかどうかくらいわかるだろう、とムカツク。2度目は部屋の掃除をする、というもの。そうそう、日焼け止めをやっていなかったので、手足(半そで、半ズボン)が焼けどみたいにヒリヒリするようになってしまった。特に足は、ボートに座っているときに焼けるようで、焼けたのは半ズボンから出ているひざから上の部分だけだった。半年以上たった今でもまだうっすらとそのあとがわかる。さて、アラームでおきてレセプションへ。すると、日本人の女性3人組がいた。この人たちは実はニューアークで見たのだが、彼らはサンパウロへの便に行ったのだ。やはり、このロッジはメジャーすぎたらしいで、日本人も多いな。昼食のときに話をしてみると、サンパウロでは特に観光することも無くそのままイグアスの滝に行ってきたらしい。なんでもちゃんとしたツアーというのではなく、一応、自分たちで行きたい場所とかを指定して組んでもらったものらしい。こういうのは値段的にも、そこそこだし(このロッジはエアコンなしの部屋だといっていたが)、なんと言っても、空港からホテルまでの送迎がついていたりするので、そういう点は便利だ。彼らも私と同じような早朝の便でマナウスからリオに行くらしいが、マナウスのホテルに早朝に迎えがくるといっていた。で、午後からはピラニア釣りだ。いつもとは反対にアマゾン河の本流のほうに向かい、ちょっと行ったところにあるジャングルの中がポイントなのか、ボートをとめる。やり方は普通の釣りとはちょっと違う。竿は、ただ糸と針がついたシンプルなものでリールもなければ浮きもない。針の先に餌となる肉をつけて水につける。何気に餌があるところに魚が来て、餌を食べるというのが普通の釣りだが、ピラニアは餌が河に入ったことを音で聞いてよってくるらしく、餌を入れると同時に竿を水につけ、バチャバチャやってピラニアの注意を引きおびき寄せるのだ。多少は釣りの経験のある私なので、グループの中ではトップでピラニアを釣り上げた。基本的にこの釣りもカワハギと同じで引っ掛ける感じタイミング良くやらないと駄目なので、初心者には難しかったのだろうか(えらそ〜だが)、釣れない人のほうが多かった。結局4匹釣れたが、フランス人の学者が5匹釣って逆転されてしまった。釣りも終わり、突き進んでジャングルから出ようとすると、道?がなくなりボートが進めなくなり、無理やりユーターンするというハプニングもあった。ロッジに帰る途中に、イルカが跳ねていたが小さくてよくわからなかった。帰ってから食事をする。食事にはさっき釣ったピラニアが煮物?というかスープみたいな姿で出てきた。味は淡白で、小さいのしか釣れなかったので、体の割に骨が多い印象だった。俺が4匹釣ったにもかかわらず、「釣ったものしか食べられないが、ガイドに釣れたのか?」みたいなことを聞かれたときはカチっと来た。食べたのはなぜか1匹だけだったが。8時からはオプションで原住民の踊りだという。US$20orR$35だったが、なんとなく申し込んでしまった。この踊っていた人たちが、本当に今でもこんな格好して生活しているとは思えないが(少なくともボートで動いている限り、それらしい人は一人も見なかったので)、この原住民の踊りも本当にこれがうまいのか、下手なのか、本物なのか、偽者なのか、全くわからない。ワニの肉を食べたり(これが意外に美味で、鶏肉に近く、もっと筋があるかと思ったらそうでもなかった)、酒(何から作ったのか忘れました)を飲ませてもらったりした。それが終わり、再びロッジへ戻ると、今度は若者たちの踊りがやっていた。これが、さっきの原住民?の人たちと格好はそれなりに似ていたが、踊りや音楽は全く現代風だった。女性もさっきと比較して全然スタイルも良く、カナバルの国の若者って感じでした。踊りは10時ごろに始まったが、11時ごろに部屋に戻った。どうやら、11時半ごろまでやっていたようだ。しかし、どういうスケジュールでこうした催しをやっているのかは良くわからなかった。こうしてアマゾン・アリアウ・ロッジ最後の夜は過ぎていった。

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