8月14日(月) 成田へ

 セコク快速にて成田へ向かう。念のため2時間ちょっと前には空港へ。コンチネンタル航空はターミナル2である。カウンターは全日空のを使っていた。今は、休みなのだが、ガラガラという感じだった。もっと、混雑していることを想像していたので、意外だった。なんでも、聞いてみると、午前中はそれなりに混んでいたようで、また、この時期はとくに団体客(旅行会社のカウンターでチケットをもらう分も含めてだと思うが)が多いので、カウンターはそれほど混まないものらしい。席を見てもらうと、ギリギリで非常口前のところだった。まあ、非常時には何かしなければならないが、あまりそういうことは考えない。足が伸ばせる。ちょっと前に見た人が32Dに座っていたので、ちょっと悔しかった。あとでわかったのだが、私の席の(777-700の)32Cは、トイレが近いので、人がよく通るところであり、おまけにトイレがちょっと通路から出ているので、どうしても足を伸ばしていると、食事のためのキャビネット?とかがとおるときに足が邪魔になったりしてちょっと面倒なのだ。あと、10分早ければと悔やまれる。 で、搭乗口にきて待つ。ボケ〜と飛行機などを見ながら待つ。で、いつものようにファースト、ビジネスの客から搭乗が始まる。で、私は一応、ノースウェストのシルバーエリートというマイレージ・プログラムの一番下の上級会員?なので、最初に入ることができる。まあ、入って何がいいといえば、自分の席の上に荷物をほぼ確実に置けるくらいだけど。ずうずうしく4番目に入ったが、エコノミーではダントツのトップだった。当然、エコノミーの席にはまだ誰もいない。誰もいない席というのも変な感じだ。飛行機はほぼ満席だった。

8月14日(月) ニューアーク経由リオデジャネイロへ

 機内では、コンチネンタルでも全エコノミー席にもゲームなどもできるモニターが付いているので、映画などを見ながら過ごした。で、飛行機に乗るとなぜかトイレに近くなるのだが、トイレで事件は起きた。一応、海外に行くときは、ベルトに財布とかをぶら下げるのだが(実は、これはX線チェックのときにはずすのがすごく面倒なのが問題)、今回は新たに盗まれてもいいように時計(今更だが、TIDE METER付きのG-SHOCKだ(苦笑))と、雨にぬれてもよいように、防水カメラも腰にぶら下げていた。で、トイレで用をしようと、ベルトをはずしたときに財布が床に落ちたのを拾おうとしたときに、事件は起きた。下を向いたら胸ポケットから、デジカメがポトッと落ちた。ほぼ、ベジタブル状態。一応、電源を入れると、音はするが、液晶は写らない。何のために、世界対応の充電器やコンセント?を買ったのだ(涙)。どうせなら、ケニアの時みたいに、ほぼ帰りに落ちてほしかった。で、前回の一眼のときに、保険会社から第三者による書面による証明が必要なことを言われていたのを覚えていたので、念のため隣に座っていた、日本人(話し方は外国人に近い)に書面を書いてもらった。 念のため、隣に座っていた人(日本人のパスポートを持ってはいたが、日本語はイマイチだった)に、手元にあったポルトガル語の本についていたカバーに落ちて壊れたことを見てもらい、署名してもらった。名前は”ぽうる”さんだった。ひらがなで”ぽうる”っていうのはすごく変な気がしたが、本当に日本語ではそう書くのかもしれない。ニューアークには予定よりも早く着いたのだが、ゲートが開いていないということで着陸してから機内で30分ほど待たされた。イミグレのところに行くと、どこかで見たことのあるおっさんがいた。時々、ワールド・ビジネス・サテライトに出てくる斎藤精一郎?とかいう立教の教授だった。その嫁さんと娘とおぼしき人物は私の斜め後ろに座っていたが、本人はさすがにCクラスにしていたのか?しかし、このおっさん、あまり慣れていないのか?独り立ちできていないのか??イミグレに出すI-94という(日本人の場合)緑の書類に何も書いておらず、娘らしき人物にいろいろ手伝ってもらっていた。何気に見ていておもしろかったのは、斎藤という名前を英語でSAITOWとなぜかWが入っていたこと。それが普通なのか?彼は特別なのか??どうでもいい謎だ。 で、トランジットに約5時間。ニューヨークの街にでても、夕方で道が混んでいたらやばいことになりかねないので、外にでることは諦めた。Cクラスでもないので、ラウンジも使えず、とりあえず空港をぶらぶらとすごすことに。同じ飛行機で結構、ブラジルに行く人もいたようで、機内でも近くに行くやつがいたし、成田のカウンターでも数人いた。が、どちらかというと、サンパウロが多かったようで、ニューアークで見かけた女性3人組のブラジル旅行の人もサンパウロのほうのようだった(ゲートが違った)。で、買い物をするでもなく、適当に歩いたり、トイレに行ったりで時は過ぎていった。ゲート前のロビーで待っているが、これが寒いくらい冷房が見事に効いている。重い荷物を背に、ターミナル内を歩き回って汗が出ていたので、本当に風邪を引きそうだった。待っているとアナウンスで、書類の確認をすると言うので、ゲートのカウンターへ。ブラジル行きの便はVISAが必要な関係からか?カウンターに行って、パスポートと米国の出国時に出すI-94の半券(出国カード)?、航空券を見せる。パスポートのVISAを確認し、半券を取り上げ、航空券に何やらサインみたいなものをして終了。夜も9時半ごろになり、ようやく、搭乗かと期待するも、飛行機はターミナルB(待っているのはターミナルA)に着いたので、最低30分は遅れるという。ガッカリ。10:05分の予定から約1時間遅れて出発となった。今回の席も非常口の前の席だった。ただ、このDC−10では29の両端は、非常口の窓がでかくて、あまり座り心地がよくなさそう。空席も目立ち、だいたい3/5程度がうまっていた感じ。隣には、急いできたというシアトルに住んでいるという人がハアハア息を切らせて来た。何やら、飛行機が2時間遅れてきたとか。何でもサンパウロに行きたいのに、エージェントがリオ行きの便を取ったとかで、そいつはかわいいけどクビだとか文句を言っていた。しばらくするとお食事タイムで、それが終わると暗くして睡眠タイムだ。席が空いている場合は、横になれるほうがありがたいが、席を替わろうかと思ったときには、すでに時遅し。結局、ほとんど眠れず。ニューアークでは結構眠かったのだが。

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Last updated Jan. 20, 2001
Eiji Nakaoka 1996.-01

 

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