1月5日(火) オランダ

 ほぼ晴れ。エアの都合で早めの食事をお願いしておいたので、まだ暗いうちから一人でさっさと食事をして、3日分を清算してから朝早くホテルを出る。駅員がいないとけないのでまじめに前日にスキポール行きのチケットを買ったが、結局、乗務員は切符をチェックにこなかった。が、こういう日に限って電車を間違えて少々焦ったものの、余裕を持ってホテルを出たために迷っても何とかスキポール空港に到着。飛行機ではエコノミーの席が売れてしまったのかラッキーなことにビジネスになってしまった(マイレージもビジネスでちゃんとカウントされていました)。KL565便で10:35AMに出発。しかし、着いた日と出る日が晴れとは皮肉なものである。
隣に座った中年と見られる女性と少々話しをしたが、職業は結局教えてくれなかった(しかし、後でナイロビの空港でみたときはいかついプロレスラーみたいな男たちを4-5人連れていた。なぞだ。)。しかし、せっかく見ようと思った映画「???」がモニターの調子が悪くてちゃんと見れなかったのは非常に残念だった。

1月5日(火) ケニア

多分、晴れ。ナイロビ・ジョモケンヤッタ国際空港に着く(9:25PM)と、Cクラスなので、飛行機を降りるのも早ければ、もちろん、荷物もバックパックだけなので待つ必要もなく、おまけに東京ですでにビザももらっているので入国もすんなり。あっけなく外に出た。人類の発祥の地?のアフリカでは予想どおり、黒人だらけ。やはり、アジアなんかよりも見慣れないこともあり怖い。おまけに、オランダの時と同じような出たらすぐにMさんとご対面と期待していたものの、Mさんがいない。がびょ〜ん。ひょっとして日にちを間違えて教えたか?不安がよぎる。ボケーとしていると周りの黒人たちが「サファリツアーあるよ〜」と声を掛けてくる。しかも、シツコイ。空港から街までもちょっと離れているので、Mさんが現れなかったらそのツアーを考えるとか何とか話しながら訳のわからない黒人のお兄ちゃんとしばらく一緒に待つ(こういう奴らは知らない観光客からボッタたくることもあるらしいので注意すべきで、前述のサファリツアーの案内も値段表らしきものは付いてなかった)。待つこと何分か忘れたが、いや〜見慣れた顔が現れたときは救われた気分だった。その足でMさんの住んでいる家(GEMINA COURT;日本人もJICA関係などの方が多くすんでいるようでした。もちろん、門にはガードマンが立ち、塀の上には高圧電線が張り巡らされている)に向かい、その日は風邪で体調もまだだるかったのでさっさと寝た。

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Last updated Dec 25, 2000
Eiji Nakaoka 1996.-00

 

ケニア
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ケニア旅行記