1月13日(水) 

 晴れ?トランジットで再びアムステルダム。到着は翌日の6:05AM。当初荷物があるので空港でじっとしていようかと思ったが、荷物を預けてさせられたのが幸いして、時間も半日近くあるので、空港の外へ電車にのって出る。が、朝7時前だったので、ほとんど店もやっていない。先日、飾り窓地区(red light district)を探検しようと思ったのだが、場所がよくわからず違う場所を見ていたので、朝からそちら方面へ出かける。こう言うところは治安が悪いと思い、カメラも服に隠しながら写真を撮ったりした。朝でもおねえさまが窓からこちらを誘惑していたりするのには驚いた。オールナイト状態か?結局、美人といえるような人がいなかったし、黒人の人が多かったのでその気の”そ”の字にもならなかった。少しずつ回りが明るくなってくる中、アダルトショップなども見学しながら(ビデオなどもヨーロッパのPALだけでなく、ちゃんとNTSCなども本数が少ないもののあったのはやはり観光客も求めることがあるということか?)、ブラブラしているとようやく百貨店が開く時間になった。トイレに行きたかったのだが、オランダでもトイレはトイレばばあが出没している。百貨店に入り、トイレを探して、入った。大きいほうを使ったのだが、すっきりした顔で出るのをばばあに見られてしまい、「金を払え、そんなことはおまえの国でも常識だろう!」みたいなことを言われたが、オランダ最終日でもあり電車代でほぼすべてを使い果たし、今更両替もする気がしないので「日本ではトイレはただで利用できる」「最終日で金がこれだけしかない」と説明し、ありったけの小銭を払って出てきた(求められた金額の半額程度だったような)。面倒な国だ。自分の土産に何かないかと思い、仕方なく日本ではあまり正規に流通していないような本を購入した。帰りの飛行機(KL861)は2:20PM発で、それほど混んでいなかった。3人がけの席に3人だったが、途中で一人はどこかへ移動していった。私もあとで席を探しに行ったがときすでに遅し。結局、3人の席で2人で座っていた。隣のおにいちゃんは、一橋大学に留学しているとかいうハンガリー人(多分?忘れた)で将来は外交官になると行っていた。彼の好きなビルは新宿パークタワーと話していたが、丹下健三の名前は知らなかった(苦笑)。

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Last updated Dec 25, 2000
Eiji Nakaoka 1996.-00

 

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ケニア旅行記