赴任当日

 2月5日に赴任することになった。JAL便は11時ごろ発だったので、真面目に2時間前の9時ごろに空港へ到着することを目指した。前日にすでにスーツケースをABCに頼んでおいたが、一応手荷物は自分でもっていくことになる。スーツケースをABCに頼むのであれば、タクシーで箱崎のT-CATにでも行ったほうが安いと思うのだが、会社の規則?ということでタクシー代は出ないという。融通が利かないというか、変なところに拘っているというか。これでまたちょっとランクが高いと融通が利いてしまうのが不思議というか。そのいい加減な規則とやらには呆れるものである。なぜタクシーが良いかというと、トータルで考えて(多分)値段が安い(か大して変わらない)ということに加えて、丁度電車が通勤時間にあたるという大きな問題があった。なんせ、手荷物といっても、持込のスーツケースなので、通勤電車ではハッキリ言って世間の邪魔なのだ。ABCに頼むことも会社の規則では出来たようなのだが、精密機械(パソコン、カメラなど)とかが入っているので、壊されてもつまらないので自分で持っていくのだ。
 成田エクスプレスが東京駅発8時ということで、7時半くらいに地下鉄に乗った。いつも会社に行くときは7時2分に乗っていたが、その時でさえ座れないのだから、7時半に行けば馬鹿混みなのは目に見えていた。が、ほかのオプションがないのだから、仕方が無い。予想通りキツキツで無理やり顰蹙とは思いつつも機内持込スーツケースを持って入る。つらい。おまけに、7時半くらいになると電車の間隔が結構詰まっていて思ったよりも時間がかかるのだ。成田エクスプレスは待ってくれないので、どうなるかと焦ったが、なんとか間に合った。
 実は、恥ずかしながら空港へは妻と妻のご両親に送りに来ていただいてしまった。一人のほうがお気楽と思っていたのだが、来ていただけるということだったので、そういうことになった。我々が空港へついたときには、すでに義理の両親は到着していた。まずは、ABCへ向かいスーツケースを取ってきた。ところが飛行機のチェックインカウンターがどこかよくわからない。いつもはもっと簡単に思っていたが、米系の航空会社が多かったためか?よくわからないので、JALのお姉さんにカウンターを聞いたところ、混んでいるので機械でチェックインが出来るからそれを使うように言われた。一応、予約時に席は入っていたが、再度そこで席を聞かれたので、一番前の窓側が空いているようだったので、そこにした。スーツケースも無事チェックインしてから、妻らと合流した。時間的にもまだ余裕があるので、お茶をすることになった。セルフの喫茶店?に入ってしばらくお話をする。まだ、両替をしていなかったので、両替に向かった。これがなぜか凄い行列。15分以上かかった。どうやら、トラベラーズチェックとかで時間がかかっているようだった。インドネシア・ルピアはやっていないような感じだったので、なぜか米国ドルにちょっと両替。あんまり意味無かったかも。それから現地へのお土産を買っていなかったので、買いに行く。個人的な趣味もあり、煎餅などを買おうと思ったが、そこもちょっと混んでいた。それとドラ焼きを購入。当初は一人に一箱とも思ったのだが、やたらと荷物が多くなりそうなので、やめた。
 両替・お土産で思わぬ時間を消費し、結局、話もそこそこにゲートへ向かうことにした。中は大した混雑も無かった。ゲートは一番端だった。結構人がいたが、ちょっと真面目に早く入って着すぎた。
 ようやくゲートが開いて中に入る。席は確かに一番前だったが、私が意図したフライト・アテンダントの前の席ではなく、前に壁があった。窓側なので非常に出にくいところだった(ガッカリ)。一応、隣りの席が二つふさがっているのはわかっていた。こういうときはどんな人が来るのか期待?してみるものだが、世の中甘くは無い。外国人のデブの老夫婦が来た。ガッカリ。なんでも、BCカナダとかいうので、どこかと聞いたら、ブリティッシュ・コロンビア州のことをBCって略するんだな。外国人がそんな略を知っているとカナダ人は思っているのか?彼らはバリに向かうところだった。しばらくして食事をする。飛行機の中だと一般に「ビーフ・オア・チキン」と食事のときに聞かれるが、メニューにも印刷されていたチキンが違うものになっていた。ビーフは狂牛病でも全頭検査で安心ということか?チキンは加熱すれば安心と言っているのだから、加熱して出せばよいと思うのだが・・・。この食事のときに、カナダ人夫婦はエア・カナダと比べると美味いと喜んで食べていた。俺からすれば大してどこも変わらないと思うけど。
 東京からジャカルタまでは7時間程度。飛行機はそれほど混んでおらず、席を替わっている人も結構いた。私が狭いと察したのか、カナダ人がかわいそうと思ったのかわからないが、お姉さんが後ろの席があるから移りませんか?というお誘いがあったので、素直に応じた。映画をいろいろと見ている間に飛行機は到着。
 前にジャカルタに来たのは97年だった。そのときは副社長の鞄持ちということできたのだが、その際は当時の現法社長がゲートの中まで迎えに来ていた。普通の国ではあまり考えられないが、この国ではいくらかの金を払えば、出来ることらしい。実際に今回でも、どこかの日本企業らしき人物が中に入ってきていた。もちろん、そういう人は入国も並ぶ必要もない。が、私はそういうわけではないので、素直に並んだ。問題は一応ビジネス・ビザを取ってきたものの、滞在期間をどれだけと書くのか悩んだ結果、90日ととりあえず書いて出した。多分、それくらいで妻を迎えに行くだろうという考え。どこで働くのかと聞かれただけで終った。それから一応、ルピアを1銭も持っていないので、2000円だけ両替してみた。146,000ルピアになった。それからスーツケースを拾いに行く。なかなか出てこなかったのでちょっと心配したが、出てきた。出口にある税関のところを見ると、X-RAYの機械が置いてある。やばい。というのも、物の本?にカメラは原則として観光ビザ以外は課税すると書いてあったのだ。おまけに、俺の手荷物にはパソコンやらいろいろ入っている。申告は何も無いと書いたのだが、手荷物をX-RAYに掛けるように言われた。大きなスーツケースはどうやら皆そのまま通しているようだ。案の定、手荷物をあけるように言われた。が、開けただけでとくに課税されることはなかった。よかった。今度はスーツケースにカメラなどを入れて持ってこよう。しかし、韓国のソウルも税関でX-RAYの機械を置いていたが(そのときはカメラで引っ掛かりそうになった)、最近はそういう国が多いのだろうか?困ったものだ。なんとか脱出?できたので、慌てて出て行った。すると、Gさんが迎えに来てくれていた。すでに5時ごろだった。車に乗って会社へ向かう。自分用の携帯をすぐに貰った。早速、国際電話で妻に電話を掛けるようにというやさしいお言葉。が、結局、通じなかった(どうやら、国際電話が掛けられるようになっていなかった)。で、途中で気づいた。成田で買ったお土産がないのである。そういえば、空港で車に入れたときに、手提げの紙袋を持っていなかったような気がしたのである。案の定、会社についてから車のトランクを開けると、やはり、土産が無い。税関のときに手荷物をX-RAYに掛けるように言われて、慌ててしまったので、土産のことはすっかり忘れてしまったのだ。情けないというか恥ずかしいというか・・・。幸い?にも、そのときのレシートを持っていたので、買ったということだけは照明できた(苦笑)。
 会社では電話をしたくらいで、その日は社長のIさんも他の予定があるとかで、若手を中心(といっても、みんなそれほど若くないが)に中華で夕食を頂いた。それから、これからしばらく泊まることになるサービス・アパートに向かって寝た。 

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Last updated Feb. 29, 2004
Eiji Nakaoka 2004

 

ジャカルタ移住記