5月27日(日曜日)

  朝起きると、残念ながら曇り。山のほうには雲が重くのしかかっている。今年は晴男と思っていたが、やはり、湖水地方の天気を帰るほどにはなれなかったか。8時から10時くらい(多分)までが朝食だと聞いていたので、8時過ぎに昨日夕食をとったメイン・ダイニングへ。行ってみると一番だった。早速、飲み物として紅茶を頼みビュッフェなので食べ物を取りに行く。こちらがフルーツやシリアルなど(ちょっとブレています)で、こっちがベーコンや卵などだ。私が取ると欲張りなのでほぼ全種類を取ってきた。トーストはもってきてくれたのだが、置いてあったジャムがいろいろな種類があって関心してしまった。結局この6つあるうちの2種類だけ試してみたが、うまかった。このホテルにはこんな感じのいかにも継ぎ足したようなラウンジ?みたいなのや、英国らしくバー(朝はやっていないが)などもあった。食事を終えて、部屋でちょっと休んでから9時半ごろに出ることにした。レセプションに行って、代金を支払う。といっても、ホテルの部屋代はすでにネットのほうでチャージされている(ネットで予約するときに失敗し、リロードしてしまったことから2回チャージされたのだが、予約先からダブル・ブッキングでないかという問い合わせがあり、1つをキャンセルした)ので、昨日の夕食だけを支払う。ところが、払うということになったときに、急に火災報知器が鳴ったとかで、ホテルの事務がちょっとした騒ぎになったため、しばらく待つことになった。今回はさすがに日本人がいないかな?と思っていたら、待っている間にいきなり朝食を終えた日本人家族4人が出てきた。やはり、どこに行っても日本人はいるんだな(苦笑)。外に出るとちゃんと消防車が来ていたが、特に火事という雰囲気ではなかったので、誤報だったのだろう。どこへ行こうかと思ったのだが、やはり、ケズィックへ来たのはサークル・ストーンが見たいということもあったので、まあ、口蹄疫で見られないとしても、その入り口とかどうなっているのか知りたいということで、行って見ることにした。方向としては、バスで入ってきた道を戻っていけばよいはずだ。川沿いの道を歩いていく(これは進行方向後ろを向いて取ったもので右手のほうがホテルなどが、左手のほうは街の中心があるほうだ)。道を歩いていくと、鉄道のためのような鉄橋があった。どこから来ているのかしらないが、今は使っていないようで、これがホテルのほうへ向かっているようなので、ステーション・ロードという名前がホテル前の道についている原因なんだろう(多分)。サークル・ストーンだが思ったよりも遠かった。それなりに、上り坂になっている。ここから右に行くとグラスミアのほうへ、左手に行くとサークル・ストーンなどのほうへいける。そこからさらに道がわかれているのだが、サークル・ストーンのほうへ行く道がビニールでカバーされていたのは、やはり、政府として見に行くことは薦めていないということか??思ったよりも坂がきつく、歩いているだけで汗がでてくる。初めはコート、長袖のシャツ、T−シャツと着ていたのだが、まずコートをしまい(道がグラスミアと分かれるところ)、ケズィックの境界を越えた辺りだったかで長袖のシャツを脱いでT−シャツだけになった。羊が結構近くにいたりするのだが、こいつらが口蹄疫かと思うと複雑な気分だ。上のほうになにやら車が数台止まっているようだ。行ってみるとどうやらそこがサークル・ストーンのための短時間駐車場(道幅が広いだけだが)だったようだ。こここは口蹄疫が発生する前は石の中に入ることができたようだが、残念ながら警告の紙が貼ってあり、入ることができない。上から見るとこんな感じで丸くなっているようだ。登ってきた道からだとあまり見えないのだが、そのサークル・ストーンのある敷地沿いにある道のほうにも人がいるので、そっちへ行って見た。と、明らかに日本人の夫婦らしき30〜40歳程度の二人組みがいた。実は、ここまで登ってくる段階で結構ばててしまい、誰か車に乗せてくれないかと思っていたので、もし、隣りにグラスミアのほうへ行くのであれば乗せて欲しいと思っていた。が、どうもこちらから話し掛けるのも気が引けたので、その場はとくにあいさつなどもせずに終了。まあ、きっかけとしては、彼らが写真を撮っていたので一緒のところを撮るということも可能だったのだろうが。行ってみると確かに見やすい。口蹄疫が発生する前はこの石垣からも入ることができたのであろうが、こちらも進入禁止となっている。ちょっと石垣の階段を上ってみたが、ちょっと崩れそうで(崩れないとは思うが)怖かった。しばらく写真などとってから、再びケズィックのほうへ戻ることにした。本当は、グラスミアのほうへ行きたかったのだが、歩いていくと相当時間がかかりそうだと思ったからだ。例の駐車場には車が数台いたのだが、どうも頼めなかった。来た道を降りていくが、結構高いところまで上ってきたことがわかる。サイクリングで登っていく人や降りていく人、ハイキングの格好出歩いている人たちは「こんにちは」みたいに挨拶をしてきた。当初は街の中心のほうまで行くつもりだったが、情けないことに疲れてしまった。一番近いバス停でバスを待とうと思ったのだが、時刻表をみてわかるようにこれが見事に本数が少なく(黄色い日祝は月〜土の半分以下)1時間以上の待ち時間となった。もちろん、登っていくときにバスの時間はあらかじめチェックはしていたのだが、サークル・ストーンまで行って帰る時間が正確にわからなかったのも失敗だった。さすがに、ボケ〜っと待っていてもおもしろくないので、ヒッチハイクにチャレンジしてみることにした。手をあげて、待つこと10分以上。ほとんど無視された。満員で乗れないよ、みたいな反応をしめしたのが3台程度。1台はウィンカーまで出したが、結局止まらずに行ってしまったのは、舐められたのか?まあいいけど。ということで、思ったよりも世間は厳しいみたい。ちょっとやっただけで難しそうだと感じたのだが、「電波少年」の猿岩石からはじまったヒッチハイクシリーズはいくらか”やらせ”があったとしても、よく頑張ったと変に感心してしまった。男一人でいるやつなんか乗せたくないのは理解できるので、仕方ないだろう。ということで、結局、バスを待った。待っている間に雲の間から晴れ間が見えたりして天気が回復することに期待してしまった。バスがきたので、乗った。グラスミアまで£3.35なり。が、「グラスミアの場所がわからないが、どうしたらよいのか?」と運転手に聞くと「12時10分くらいに着く」と教えてくれた。道を見ていると、多分サークル・ストーンのほうからもこちらの道へ来ることができたようだ。本当の田舎というか何も無い感じの風景が続く。デジカメをバスの席に置こうと思ったら、椅子の背もたれと座席?の間に隙間が大きく開いており、また、デジカメを落としてしまった。壊れたとあきらめたが意外にも問題なかった。田舎の道を走る。途中、車を止めて湖の見える景色を楽しめる場所(行きも帰りも車がそれなりに止まっていた)があったが、なんというところだったのだろうか?2階にはそれなりに人がいた。行きよりは平均年齢が低そうだった。運転手が言ったように12字10分すぎにグラスミアらしきところに来たので、降りた。どうでもよいが、トイレもそれなりに湖水地方らしい?つくりとなっていた。その前には登山用品店がある。ちょっと歩くと、ワーズワースホテルというのがあった。そこからちょっと行ったところに、ワーズワースのお墓がある。また、ここにはジンジャー・ブレッドというものを売っている店があるらしいのだが、これがその建物だったのだろうか?翌日ここの前を通ったが、この辺りにあたりに看板があったのは確認できた。ワーズワースはグラスミアを「The Fairest place on Earth(地上でもっとも美しい場所)」といったらしいが、世界を知っていたわけでもないのだろうから、せいぜい英国でという理解でよいのだろうか?ちなみに、ウィリアム・ワーズワースのお墓は手前に3つ並んでいるうちの一番左だ。お墓の隣りには河が流れており、川沿いにはカフェ?というかレストラン?があった。そこから、数分かけて街のはずれにあるドーブ・コテージ(Dove Cottage)のほうへ歩いてく。ドーブ・コテージのところには、それ以外に土産屋兼券売所と博物館があった。もちろん、この施設も見てもおもしろくないだろうということで、入らなかった。グラスミアからアンブルサイドはフットパスを歩いてライダル・マウント(Rydal Mount)を経由していくルートがオススメと「るるぶ(JCBさんにコピーしてもらったもの)」に書いてあったので、そっちのほうへ行く。が、ここでも口蹄疫のために、フットパスが通行止めとなっていた。さすがに、この辺りは日本人が特に多いのか?そこには「立入厳禁」と日本語まで書いてあった。そういえば、グラスミアで観光案内所によったのだが、そんな感じのことを観光客に地図をみせながら説明しているっぽかったような。ペナルティーとかなんとか書いてあったので、さすがにあきらめてアンブルサイドと書いてある普通の道を歩くことにした。ここはここでグラスミア湖が高いところから見えて気持ち良い。歩いている途中で、道を尋ねられてしまった。なんで私に?と思ったので、はじめはマジで後ろを見てしまった。なんでも、「ガーデンに行きたい(彼らもその公園の名前がわかっていなかった)」とかいうので、ライダル・マウントのことかと思いフットパスが通行止めなので「口蹄疫で入れないみたいだ」と言ってしまったのだが、後で思えば確かにフットパス経由ではいけないが、アンブルサイド側からなら入れました。ちなみに、進行方向に見える湖はアンブルサイドのほうなので多分ウィンダミア湖の端かとも思ったがちょっと小さいっぽい。看板をみるとライダル・ウォーター(Rydal Water)らしい。フットパスであれば、車の通らない道を抜けてライダル・マウントにいけたのだろうが、結局普通の道路に合流してしまった。途中、ポストがあったが、一日一回午後5時に回収のようだが、そんなに必要あるのか?というくらい寂しいところにあった。ライダル・ウォーターの湖畔には羊たちや鳥がいたが、やはり彼らも口蹄疫なんだろうと思うと、本当に大丈夫かな(うつらないかな)?と思ったりして。しかし、そんな病気がなければ、本当にのんびりしてよい感じのところだと思う。道なりに歩いていくとドーブ・コテージから約50分というところで「Rydal Mount」という標識を発見。そこに紙がはってあるので、また口蹄疫で入れないという表示かと思ったのだが、そこには意外にも「Dora's Field is now OPEN」と書いてあった。中に入っていくと、教会(Rydal Church)があるのだが、この看板を見てもどこがそのドラズ・フィールドかよくわからなかった。チャーチヤードのことなのか??そこをさまよっていると(これがフィールドなのかもしれないが)、ライダル・マウントの庭が見えた。すぐに入れるかと思って、庭に沿って歩いたら結局、教会のところまで戻ってきた。このわけのわからない広場(フィールド?)がそれなのだろうか?教会から道に出て、そこの道をちょっと登ると、ライダル・マウントの入り口だ。建物の中に入っても、どうせおもしろくないだろうということで庭だけに入ることにした(£1.75、建物にも入ると大人で£4)。ついでに、なくなってきたフィルムなども仕方なく購入。時計はすでに2時を越えていた。このライダル・マウントにはワーズワースが1813年から1850年に死ぬまで住んでそうだ。このワーズワースは1770年生まれということなので、80歳まで生きたということか。当時にしては長生きだったのでは?中に入ってみるとこれが想像以上に綺麗だった。ちょうど花もさいていたりして、歩いて疲れていたのでゆっくりすることができた。庭は思ったよりも広く、高低がつけられて起伏に富んだ庭だった。おまけに、ライダル・ウォーターを望める小屋?もあったりして、こういうところで生活をすれば確かに素晴らしい詩が詠めるのかもしれない。しばらくしベンチで休憩してから、そこを出た。再びアンブルサイドに向かって歩き始める。口蹄疫がなければ、本当に平和な風景をエンジョイできるのだが。と、あと少しで街に出そうだというところで、突然羊が4匹路上に出現。これって、触らないようにしたほうが良いかな?などと思いつつ歩く。車に乗っている人もビックリしただろう。少々渋滞になっていた。街はすぐそこだった。小さい博物館(街も小さいが)あった。このアンブルサイドで唯一有名なのが、河の上の家だ。なんでも、税金を払いたくなかったスコットランド人が川の上に家を建てたらしい。小さな川なので家も小さい。中には自由に入れるようになっていた。近くに水車小屋もあった。そこで、急に雨が降ってきた。ちょっと街を歩いて、湖まで行ってボートにでも乗るつもりだったのだが、雨であきらめバスに乗ることにした。今回は珍しくバスがすぐにきた。ボウネス・ピアまで£2.55だった。また、今夜宿泊予定のLow Wood Hotelの前を通り過ぎていく。ボウネスの街に入ってくると道が渋滞してほとんど動かなくなってきた。することもないので、外を見ていると行きの電車で見た日本人女性4人組がバス停に立っていた。彼女たちも気づいたようだったので、軽く頭を下げてあいさつをしてみた。渋滞していたため、アンブルサイドから波止場まで30分ほどかかった。降りては見たものの、雨が降っているため、あまり写真をとる気もしない。こんな雨でも船に乗る人は結構いるようだ。湖の反対側に渡る船がるかどうか聞いてみたが、残念ながら行くことはできても、その便で帰ってこないと船がなくなるということだったので、船に乗ることはとりあえずあきらめた。この湖には白鳥などの鳥がいた。えさをやる親子のところには、白鳥たちが群がっていた。そこから、バスに乗ってホテルにでも行こうかと思ったが、バスがないのでウィンダミア駅のほうへ歩くことにした。相変わらず道は混んでいる。途中、「The World of Beatrix Potter」があったが、特に興味はないので、入り口を見ただけで入らなかった。雨が降り止むような雰囲気も無い。段々と雨にぬれて、面倒になってきたので、タクシーに乗ることにした。と、すぐにホテルの前で客を降ろしているタクシーがいたので、乗せてもらうことにした。コートだけで傘をさしていなかったので、ビチャビチャだったため、シートがぬれて申し訳ないといことをいったら、この天気なら仕方ないというやさしい返事でした。ドライバーは女性だった。「Low Wood Hotel」といったら、やはり、すぐにわかった。10分もかからないくらいで着いたのだが、メーターをみると£6をやや越えていたのだが、£6にしてくれた。レシートを頼んだら、ちゃんと£6と書いてからくれた。5時過ぎだった。レセプションに行き、チェックイン。名前を告げるとちゃんと予約が入っていたようだ。昨日と同じようにホテルでおしゃれにディナーでもと思い、予約できるか聞いてみると予約が一杯で駄目だと断られた。このホテルには、レストランもあるので、そちらで食べたらよいといわれた。一応シングルで予約をしていたのだが、部屋はツインだった。部屋からの眺めはこんな感じで日の丸が見える。その下がちょうどエントランスとなっている。バスルームはちゃんとタブがあったが、シャワーは一つだけで上のほうにシャワーをかけるようなところが見当たらなかった。部屋の戸にはチェーンなどないのが、少々不安といえば不安だ。一応ホテルなのだから、チェーンくらいあっても良いと思うのだが(ケズィックのホテルにはあった)。テレビをつけるとブライアン・フェリーが出ていてなんだか懐かしかった。チャンネルを変えてみるとなんとJ-Sky(だと思ったが)に加入しているらしく、NHKの番組をやっていた。今回、ロンドンに来てはじめての日本語放送が湖水地方とは変な感じだった。それだけ、日本人が多いということなんだろう。駅からちょっと離れていて、規模も大きいことから団体旅行にはうってつけのホテルなんだろう。ホテルの案内を見ていると「Japanese Garden」なるものがあったので、それを探しに部屋を出た。結構増築をしているホテルなので、よくわからず仕方なく従業員に聞いてみると、連れて行ってくれた。「これが日本庭園なの?」と聞くと「みたこと無いのでわからない」と従業員。「これは日本人がやったの?」と聞くと「知らない」との返事。なんとなく、枯山水みたいな感じかと思ったが、よくみると噴水があったりして、まあ、こんなものなんでしょう。今度は、プールとかあるほうへ行ってみた。大きくないが、あるだけ立派だ。ホテルのエントランスのあたりには「チャールズ皇太子が寄ったときの写真(90年3月)」があった。雨が小雨になってきたので、外に出てみた。この芝の生えた庭はホテルのものなので、ホテルゲストのみが入ることを許されており、一般人は入ってはいけないようだ。外から見るといかに増築を繰り返しているのかよくわかる。この建物の後ろのほうにも日本庭園などを含めて増築された棟があるのだ。ホテルに戻り、ここで結婚式をあげたときのものらしき写真があったのだが、この女性が妙にグレン・クローズに似ていた。明日のどうするのかをちょっと考えて、ミニバスのツアーについてホテルのレセプションで聞いてみた。また、街まで行くと£6くらいとられてしまう。一方、ミニバスのツアーは半日で£12程度。昼過ぎに帰ることを考えると、最後に駅まで行くのにバスなりタクシーが必要だと考えると、もし、ツアーで駅まで送ってもらえれば安上がりだ。結局、ツアーに参加する場合は、ホテルまで迎えに来てもらえるといことがわかり、悩んだ末に申し込むこととした。支払いもホテルで済ませることにした。それからホテルのメイン・ダイニングやボールルームのほうをプラプラしてから、夕食をとりにイタリアン・レストラン?へ行った。行ってみると、ガラガラであるにもかかわらず予約で一杯だといわれた。「おいおい、レセプションでここに行けといわれたんだけど」などと思いつつ、立っていると、そこにいた責任者らしき女性が「一人なら」まだ大丈夫ということで、そこで夕食を食べることにした。席からは湖が見える。机の上には灯りが風流?だ。メニューはこんな感じでスパゲティでも£7前後が多かった。注文したのは水と「本日のスープ」と「Arriablala?」というオニオンとチリが入ったトマトソースのパスタ。水は部屋においたったコンプリメンタリーのものと同じだった。せめてStillでなくてSparklingにすればよかったと思った。レストランの中はこんな感じ。「本日のスープ」はジャガイモのスープだったのだが、予想以上にうまかった。一方のパスタのほうは、思ったよりも辛くて、味のほうは今一だった。食べ終わって、レシートを持ってきてもらった。実は、あとで追加するかもしれないと思って、メニューを手元においておいたのだが、レシートを見てみてビックリ。まず、気づいたのがパスタの値段。確か£6以下だったのはずだったが、£6.95となっている。さらにチェックすると水の値段が5p多く請求されている。すべてが余分に請求されていればサービス・チャージも込みかと思ったのだろうが、スープの値段はあっていることから、間違いと判断し、ウェートレスに指摘。すると、refundということで-£1.00となって出てきた。ウェートレスからは全く説明はなし。さらに水の件も伝えて、結局-1.05となったのだが、こんないいかげんな店にチップを払う気もしないと思ったのだが、50pだけ払ってやった。7時ごろに部屋に戻った。風呂に入ってから、寝た。

前へ

 

Comments, suggestions, additions: mail me .
Last updated July 1
, 2001
Eiji Nakaoka 1996.-01

 

前日まで (〜5月2日)
出発前日まで
ロンドン到着 (5月3日)
出発日当日およびロンドン到着
ロンドン実質初日 (5月4日)
初日はリハビリということで
ロンドン連休初日 (5月5日)
午後からナショナル・ギャラリーへ
連休2日目 (5月6日)
コベント・ガーデン〜大英博物館
連休3日目 (5月7日)
バンク・ホリデーはグリニッジで
ロンドン6日目 (5月8日)
職住隣接はメリットか?
ロンドン7日目 (5月9日)
3階で歓迎会をしていただいきました。
ロンドン8日目 (5月10日)
夕方からパリに出張
パリ視察出張 (5月11日)
パリに来るも1ナイトで帰る
ロンドン10日目 (5月12日)
テート・ギャラリーを見学
ロンドン11日目 (5月13日)
バッキンガム宮殿衛兵を見る
ロンドン12日目 (5月14日)
普通に仕事をしました
ロンドン13日目 (5月15日)
FOMCは50pbs利下げ、私は普通に仕事
ロンドン14日目 (5月16日)
2日連続でSan Miguel'sということは
ロンドン15日目 (5月17日)
今日はサッサと帰りました
ロンドン16日目 (5月18日)
シャーロック・ホームズを訪ねて?
ロンドン17日目 (5月19日)
ハイドパーク(Matsuri)そして、Oさん宅へ
ロンドン18日目 (5月20日)
ハイド・パークで流鏑馬再び
ロンドン19日目 (5月21日)
10時半過ぎると店がない
ロンドン20日目 (5月22日)
これからは南部亭の時代か?
ロンドン21日目 (5月23日)
一度は食べておきたい?Fish&Chips
ロンドン22日目 (5月24日)
今日はメニューを変えて
ロンドン23日目 (5月25日)
実質最終日で送別会
ロンドン24日目 (5月26日)
最後の週末は湖水地方へ出発
ロンドン25日目 (5月27日)
ケズィックからグラスミア、アンブルサイド
ロンドン26日目 (5月28日)
最後の日はミニバスのツアー参加
ロンドン27日目 (5月29日)
ロンドン最後の日はクリントン目撃

 

ロンドン滞在記2001